3年間の愛人生活で貯金300万円、生活費は不動産投資でまかなえる

彼はパンチパーマのトラック運転手

私は大阪府に住む33歳の女性です。2003年から2005年に52歳位のトラックの運転手さんとお付き合いをしていました。

彼は私の勤めている会社の荷物を運搬する運送会社の人で、トラックの横に彼の名字が明記されていたので、今を思えば社長だったと思います。

年収はかなりあったと思います。私の会社の手伝い分だけでも、100万円位あったと話していました。

性格はかなりの女好きで、色んな女性に手を出したと言う事を話していました。自慢だったと思うのですが、私はあまり何とも思いませんでした。

と言うのも、たいていは男性の勘違いとか、いい様に女性が利用していただけ、という事もあるからです。

仕事は丁寧でした。きちんとした性格で、自分だけ得をしようという考えはありませんでした。

しかし、仕事の合間には自分の気に入った部下だけ集めて、勝手に休憩を挟んでいました。そこに私も加わるのですが、いてもたってもいられない気持ちでした。

自分の身内は大切にするタイプでした。生き方までは良く分からないですが、自分で決めた事を実践する有言実行タイプでした。

特に頼んでもいないのに、私が最後の女遊びの相手だと言っていました。私にはどうでもいい事ですが、本人は何度も私にそのように言っていました。

奥さんとは良好な様子です。しかし、何回も何年も浮気をしているので、気付いていたと思います。

ただ言わないだけで、諦めているか、奥さんも浮気をしていたのではないかと思います。直接会ったことは無いので何とも言えませんが。

彼は金のネックレスやプラチナの指輪等を付けていました。装飾品が好きな人で、髪型は万年パンチパーマです。

乗っている車はトラック以外は、なかなかの高級車だったと思います。あまり気にも留めていなかったので覚えていません。

お金は自由に使えている様子でした。惜しげもなく私に使ってくれて、与えてくれました。

困ったらお金に換えなさいとネックレスをもらった

会えば数万円、欲しい物があると言えば別に数万円くれていました。

私が仕事を辞める時に、地元の大阪に帰ると話しをして、今後の関係はこれでおしまいと言いました。するとホテルを予約してくれてネックレスをプレゼントしてくれました。

その時に添えられていた言葉が、もしお金に困る事があって、これを売ればそれなりのお金になるからと言われました。

大きなダイヤと言う訳でもないし、ハイブランドの物でもありません。今でも大切に持っていますが、一体いくらのモノだったのか未だにわかりません。気にはなりますが。

会うのは彼が会いたい時に連絡があり、その時に日時を調整していました。

私には同棲中の彼氏がいました。彼氏は私の交友関係を熟知していて、上手に嘘をついて出てくるのは至難の業でした。

会う時は食事に連れていってもらったり、プレゼント貰ったり、現金を頂きました。

欲しい高価な物は彼に頼んでいたので、貯金が容易に出来るようになりました。年末には地元に帰り、両親に給料を言っており、貯金額も言っていたので、きちんと食べているのか心配された程です。

それ程お金を使わずに生活する事が出来ました。合計金額は覚えていませんが、結構な金額になったと思います。

誕生日にもらった花束、同棲中の彼氏にどう説明しよう

恐らく、彼から貰ったもので一番高かったのは、最後のお別れの時のネックレスです。一体いくらの物かは分かりませんが、お金に困った時に助けになると、大の大人が言う位なので、そこそこの金額だと思います。

私は地元に帰る頃には、同棲中の彼氏を大事にしたいと思っていたので、会う頻度は極端に減っていました。

何度もお断りしましたが、食事も何もしなくていい、最後に一度会いたいと言われて車の中で会いました。その時に渡されたプレゼントでした。

次に高価な物はピアスです。それはプレゼント代として現金を受け取りました。ホテルでの食事の時に何気なく、キラキラした綺麗なピアスが欲しいと言うと、ピアスの金額を聞かれて、そのまま現金を渡されました。

現金だけ貰うのもどうかと思い、一緒に買い物に行こうと言いました。一緒には行けないから買ったら次着けてきて、と言われました。

彼発信のプレゼントとして頂いた物の中で次に高い物はバラの花束です。急に金額は下がりますが、そのほかの品物は、私が欲しい物を言うと現金を頂く形でした。

なので、言わずに貰った物はそんなに多くはなく、花束が3位になります。二十歳の誕生日でしたのでバラの花束20本です。そこには指輪も付いていたかもしれません。指輪はどこかに無くしてしまいました。

その日もホテルを予約してもらい、車に乗った時に渡されましたが、彼氏と同棲していたので、この花束をどうしようと言う気持ちの方が大きかったです。

彼からの支援は3年間、貯金300万円で投資家の仲間入り

その頃私が住んでいたのは徳島県です。資格も何もない仕事でしたので、週に6日働いても手取りは14万円程度でした。

そこから家賃を払い、光熱費を払っていました。彼氏と一緒だったので食費などは彼氏が負担してくれていました。

そんな私がトラック運転手さんの支援で、毎年100万円から120万円位の貯金ができ、それが3年間続きましたので300万円以上の貯金になりました。

まだ20歳代前半でしたので、私にとっては大きな貯金が出来たと思っています。

欲しい物も次から次へと手に入り、一番お金がかかる物欲のある時期を、何のストレスもなく過ごす事が出来ました。

ある程度の物を手に入れてしまうと、欲しいものがなくなっていました。皆がブランド物を好み始め、お金を貯めて買う頃には、すっかり私には必要ないと思っていました。

物欲がなくなる事は少し淋しい生き方かもしれませんが、私には生きやすい考え方となりました。

又、この300万円で国債を購入して、利益を出して現金化しました。さらに投資信託を購入して利益を出し、株を購入し、遂にはその大きくなったお金は不動産投資の頭金となりました。

不動産投資をしたのは26歳頃ですので、5、6年位はコロコロ転がす事で現金を大きくする事が出来ました。

そんな事に興味を持ち始めたのも21歳位の頃です。まとまったお金がある事で出来る事の幅が広がると実感しました。

大きなトラックに乗りたくて仕事について行った

トラックの運転手さんとはあまり遠出はしていません。きっと遠かったのだと思いますが、土地勘がなかったのでどこだかよく分かりません。

又、仕事の後に会うので疲れて私は眠ってしまっていました。かなりの距離を走ったと思います。すぐ近くでいいのに、と思っていた事もあります。

一番印象に残っているのは、私がかなり大きなトラックの助手席に乗りたいと思っていたので、一緒に乗って仕事について行った事があります。

その道中も結局寝てしまうのですが、大きなトラックの上からみる景色は普通の乗用車とは大きく違いました。見下ろす感じで道を走ると少し怖いくらいでヒヤヒヤしました。

取引場所は山を越えたりもしていました。取引先の方には新しい彼女と茶化されていましたが、私には関係のない事なので、ニコニコして座っていました。大きな車に乗れたのは楽しかったです。

何度か彼の所有する駐車場を案内されました。田舎なので土地は安いと思いますが、こんなにも沢山土地を持っているのだと驚きました。

彼の家の前も通ったと思います。それも又、土地は安いと思うのですが、かなり大きな家が建っていました。何歳の頃に建てたと、話してくれたと思います。

同級生が初任給をもらう頃、私にはたくさん貯金があった

貯金が出来た事が嬉しかったです。その頃同級生たちはみんな大学生でした。

飲み会は近所の居酒屋で、バイトをして何を買った、彼氏とどこに行った、合コンで割り勘だったなどの話を聞くたびに、勿体ないな、お金が無いのは辛いなと思っていました。

大学を卒業したみんなは、私のその頃の手取り14万円以上の給料を初任給で貰う事になるのですが、その当時の私はその時の貯金額で、優越感にひたっていました。

一番私に心の安定をもたらしてくれたのは、貯金があると言う事です。投資ではまず100万円くらいの、まとまったお金があった方がいいとされています。

投資をしたいと興味を持った頃には、すでに投資できるくらいの貯金がある事、仕事を辞めてもすぐには困らない事が心の安定となり、自分がレベルの高い人間だと思いました。

高校生の頃には1万円の買い物にも躊躇していましたが、欲しい物は別に自分が買わなくてもいいと言う事がわかり、そんな立場になる事が出来て価値の高い女だと自負していました。

それからは投資などでお金がお金を呼ぶ事が出来ました。それでますます私はランクアップしたと思っています。因みに今も生活費は不動産投資で賄う事ができています。

看護師になって今は大阪で働いていますが、純粋に給料は2倍以上になりました。そのお金は全額貯金に回しているので、毎年着実にお金は増えているのも強みです。

体の関係は3回、自分本位のつまらないセックス

トラックの運転手さんに最初に体の関係を要求されたのは、初めて一緒に出かけた時でした。

会社の忘年会か何かで飲み会があった後に、なぜか彼がタクシーで送ってくれる事になりました。私は自宅に送ってくれると思っていましたが、どんどん知らない所に行くのです。

車の中で触ってきて、気持ちが悪いと思っていましたが、関係先の上司に当たる方なので、どの様に対応したらいいのか分かりませんでした。

連れていかれたのはラブホテルでした。まさかと思いました。こんな年齢の離れた人がそんな事をするなんて、考えたこともなくて驚愕しました。

無理矢理ラブホテルに連れ込まれ、必死で抵抗するとキレられました。好きなのに、ついてきたのに、と意味不明な事を言われてすっかり嫌いになってしまいました。

ダメな事だとは分かっていますが、押しに負けて体の関係を持ちました。正直精神的には辛かったです。

その日の内にお金をくれました。何故お金をくれたのかもよく分かりませんでしたが、これからは彼女ね、と言われました。結局むげには出来ない立場だったので、その通りに振る舞う事になりました。

しかし、セックスしたのは3回程で、単純で本当につまらない、モテる男性にありがちな自分本位のセックスです。

次第に嫌になったので断っていると、セックスは無いままでも会って欲しいとなり、セックス無しの関係になりました。体の関係無しでお金を頂けるのでラッキーと割り切る事にしました。

同棲した彼氏に気付かれないように友人に会うと嘘をつく

私はトラックの運転手さんのことは、まったく好きではなかったので、私から連絡を取る事はありません。相手は必死に隠そうとしていたと思います。

電話番号は登録していない様子でした。女の子の電話番号はすべて暗記しており、記憶で電話をかけていたようです。もちろん発信履歴も着信履歴も消していたとの事で、自慢気に話していました。

さすがにそれは凄いなと思いました。ちなみに私の他にも同時進行の女性はいるようで、私といる時に電話がかかってくる事もありました。気になる?と言う風に聞かれましたが、まったく嫉妬もありませんでした。

仕事で一緒になりますが、仕事の時も二人で会う時も私は同じ調子でした。他人行儀というよりも、二人でいる時の強気な感じが出ていたと思います。

一応、会社では偉い人に並ぶ人でしたので、彼の部下の人には何!?と思われていたと思います。

それ以外は特に二人で甘い雰囲気になる事もないので、困る事はありませんでしたが、ただ同棲していた彼氏にバレない様に、と言う気持ちはかなりありました。

彼氏と付き合うのと同じ頃に、その様な関係になったので、友人が出来たと言う事にしていました。

友人と一緒に遊ぶと言って、トラックの運転手さんに会っていました。その間、彼氏は地元の友達と遊んでいました。友人を一度も見せた事が無かったので不審に思っていたかもしれません。

昔の男性は「女遊びがステイタス」と考えている

その当時は全く気にしてはいなかったのですが、今から思うと昔の男性で金持ちは「女遊びが男のステイタス」だと考えている人が多い様に思います。

他に女を作る事こそが、自身の男らしさになると勘違いしているというか、その様な価値観だと思います。特に田舎なので、その様なものしかなかったのだと思います。

田舎のお金持ちは特に、お金を貴金属に換えたがる思考があると思います。アクセサリーをつけている人は、お金に余裕がある人が多かったです。都会や今の時代ではないと思います。

田舎で昔の人に限っていうと、自信があってどこか偉そうな人が多いです。お金使いは上手で、しっかりおごったりするので、下の人は付いてくる傾向にあると思います。又、余裕もあり、仕事も出来ていました。

他にも数人のお金持ちの方と関わりましたが、田舎の男性の共通点は女好きが多いと思います。

そして意外にも、ややケチです。しっかり締める所は締めると言ういい方をしたらいいのですが、ケチだなと思う様な瞬間はあります。

特に会社の社長はそうでした。現場に行った時に給付されるドリンクは賞味期限ギリギリの物か、もしくは過ぎた物でした。そこまでして節約してお金持ちになりたいか、と思う事はありました。

お金を渡してでも会いたい、と言われ自信になった

物欲がピークになるであろう、10歳代後半から20歳代前半までお金を融通して下さり、感謝しています。欲しい物はスムーズに手に入り、貯金もする事が出来ました。

美味しい物も定期的に食べる事が出来ました。ただ、徳島県と言う土地柄、ホテルの格は大阪や東京のそれとは段違いに差はありますが、それでもそれなりの所に連れて行ってもらえた事は嬉しかったです。

そして、何よりもモテなかった私に自信を与えてくれました。彼が私を好きだったかどうかははっきりしません。一応好きだとは言ってくれていましたが。

それでも毎回数万円を渡してでも、セックスが無くても会いたい、話したいと言ってくれたのは嬉しかったです。

それが私の自信となりました。私自身が自信を付ける事で、その後の人生はスムーズに進んでいると思っています。

私なんか、と言う事はまったく思わなくなりましたし、なんなら他の人を卑下する事もありました。やや優しさは少なくなったかもしれませんが「貢ぎたくなる女」と言う事は今を思っても自信です。

自信があると色んな事にチャレンジ出来ました。投資も資格取得もアルバイトの面接も・・、それ以前はそんな事すら、なかなか動けない人間でした。

そして、今は起業を考えています。私にも出来る、私は何でもできる、私がしたい事は何でもする、と思えているのは彼の存在もあります。

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